ではない。まぼろしだ。わしは白昼《はくちゅう》に見たのだから。それは無数の霊の空中に格闘《かくとう》する恐ろしい光景であった。わしは武器の鏗鏘《こうそう》として鳴る音を空中に聞いた。そのあるものは為義《ためよし》のようであった。そのあるものは信西《しんぜい》のようであった。彼らは叫び、呪《のろ》い、刃《やいば》をもって互いに傷《きず》つけた。その争闘ははてしないように見えた。ついに幻影の群勢《ぐんぜい》は格闘しながら海の中へ没した。そしてわしは地に倒れた。
康頼 あなたは頭が変になりかけているのだ。夜も眠らずにあまり思いつめるから。心を静めるようにしなくてはあなたが狂気することをわしは恐れる。
俊寛 わしはむしろ気ちがいになりたい。そしてこの昼夜|間断《かんだん》のない苛責《かしゃく》から免《のが》れたい。
成経 あなたはわしの誇《ほこ》りをも、康頼殿の信仰をもこわしてしまおうとするのだ。そして自分の心をもかき乱してしまおうとするのだ。
俊寛 あゝ、わしはだめだ。わしは自分を支《ささ》えることができない。支えるものが一つもない。わしの魂《たましい》が亡《ほろ》んでゆくのをはっきりした意
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