かしわしはそれがあやしくなりだした。わしは勢いに巻き込まれたのだという気がする。他人の欲望――というよりも、むしろ無始《むし》以来結ぼれて解けない人間の怨讐《おんしゅう》の大|渦《うず》のなかに巻き込まれたのだという気がする。わしたちがもしことを起こさなかったらだれかがきっと起こしたろう。われわれはただ選ばれたのにすぎない。三界《さんがい》をさまようている怨霊《おんりょう》につかれたのにすぎない。
康頼 あなたは自分でつくりだした恐ろしいまぼろしで自分を苦しめていられるのだ。
俊寛 わしはわしのしぶとい性質を呪《のろ》う。しかしわしはだめだ。わしは人間の悪が根深い根深いものに見える。二人や三人の力で抵抗しても何の苦もなく押しくずされるような気がする。わしの父、父の父、またわしのあずかり知らない他人、その祖先、無数の人々の結んだ恨《うら》みが一団になって渦巻いている。わしはその中に遊泳《ゆうえい》しているにすぎない。わし自身の欲望はその大いなる霊の欲望に征服される。そしてその欲望を自分の欲望だと思ってしまう。あゝわしはこの間恐ろしい[#「恐ろしい」は底本では「恐しい」]夢を見た。いや、夢
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