ったから。乳母《うば》の六条の膝《ひざ》にのって、いつも院の御所《ごしょ》に出仕《しゅっし》する時と同じように、何もしらないで片言《かたこと》を言ってわしに話しかけていました。門の外にはいかめしく武装した清盛《きよもり》の兵士らがわしの車を擁《よう》して待っていた。彼らのある者は剣《つるぎ》や槍《やり》で扉《と》をこわれるほどたたいて早く早くと促《うなが》していた。妻はまっさおな顔をしてふるえていた。わしの袖《そで》をつかんで、おゝ妻は妊娠《にんしん》だったのだ。わしは無礼《ぶれい》な野武士らの前にひざまずいて、乞食《こじき》のごとくに哀願《あいがん》した。ただ出発をほんの五分間延ばすことを。ただ一口妻をはげます言葉をかけてやるために、そして伜《せがれ》の頭髪《かみ》を別れのまえにも一度なでてやるために!
康頼 あゝ、わしがあの時に受けた屈辱《くつじょく》を思えば胸が悪くなる!
成経 野武士らはわしの懇願《こんがん》を下等《かとう》な怒罵《どば》をもって拒絶した。そして扉を破って闖入《ちんにゅう》し、武者草鞋《むしゃわらじ》のままでわしの館《やかた》を蹂躪《じゅうりん》した。わしはすぐ
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