た。いや、それよりもかような寂寞《せきばく》と欠乏とに耐《た》えてもなお生《せい》を欲するものとは思わなかった。わしがもし死を願うことができたなら! わしはたびたびそう思うのです。もしわしがわしのただ一つの希望を失ってしまったら、も一度|都《みやこ》へ帰れるかもしれないという、かすかな、何のよりどころもないこの空想を。(悲しげに)あゝこの空想を[#「空想を」は底本では「空|想《えが》を」]描《えが》く勇気をもはや失ってしまったなら、わしは泥《どろ》のようにくずれて死んでしまうであろうと。そしてそのほうがかえって幸福かもしれないと。けれど浜辺《はまべ》に立ってたまさかに遠くの沖をかすめて通る船の影を見ると、わしには再び希望が媚《こ》びるように浮かんでくるのです。わしをからかうように、じらすように、幸福をのせてゆく船、やがて恋しいふるさとの岸辺《きしべ》に着く船、疲《つか》れた旅人はあたたかい団欒《まどい》に加わるうれしさに船を急がせているのだろう。
康頼 (顔をおおう)妻や子のことを考えるのは恐ろしい。
成経 わしの子はもう髪《かみ》を結《ゆ》うほどになっているはずです。別れる時に三つだ
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