いは往生《おうじょう》の別の子細をも存じおるべしと心憎くおぼしめして、はるばる尋ねていらしたのならば、まことにお気の毒に思います。私は何もむつかしい事は存じませぬのでな。その儀ならば南都|北嶺《ほくれい》にゆゆしき学者たちがおられます。そこに行ってお聞きなされませ。
同行一 御謙遜《ごけんそん》なるお言葉に痛み入ります。なおさらゆかしく存じます。
同行二 北嶺一の俊才と聞こえたるあなた様、なんのおろそかがございましょう。
親鸞 北嶺南都で積んだ学問では出離の道は得られなかったのです。私は学問を捨てたのです。そして念仏申して助かるべしと善《よ》き師の仰せを承って、信ずるほかには別の子細はないのです。
同行三 それは真証でござりますか。
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一同不審の顔つきをしている。
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親鸞 何しに虚言を申しましょう。思わせぶりだとおぼしめしなさるな。およそ真理は単純なものです。救いの手続きとして、外から見れば念仏ほど簡単なものはありませぬ。ただの六字だでな。だが内からその心持ちに分け入れば、限りもなく深く複雑なも
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