。
人間 達者で勉強しているという手紙が来たのはけさのことです。
顔蔽いせる者 午《ひる》すぎに死んだのだ。
人間 うそだ。
顔蔽いせる者 (沈黙)
人間 (熟視す)あゝあなたの態度にはたしかさがある。(絶望的に)だめだ!
顔蔽いせる者 さようなら。
人間 (あわてる)待ってください。せがれは病気をかくしていたのですね。あわれな父に心配させまいと思って。
顔蔽いせる者 組でいちばん元気だった。
人間 決闘しましたか。無礼な侮辱者を倒すために。あれは名誉を重んじたから。
顔蔽いせる者 いいや。
人間 ではどうして?
顔蔽いせる者 煙突から落ちたのだ。
人間 (失神したるがごとく沈黙)
顔蔽いせる者 二分間前まで日あたりのよい芝生《しばふ》の上で友人とたのしく話していた。その時友の一人がふとした思いつきで、たれか煙突にのぼって見せないかと言った。お前の子はこれもほんの気まぐれに、一つは友だちを笑わせようという人のいいおどけた心で、快活に、「やってみよう」といってのぼりはじめた。仲間はその早わざをほめた。ところで、てっぺんのところの足止めの釘《くぎ》が腐っていたのだ。
人間 おゝ。
顔蔽いせ
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