。わしは嘲笑《ちょうしょう》したいような気がするのだ。わしは思うのだ。わしの優しいのは性格の弱さだ。わしはそれに打ちかたねばならない。ひどい事にも耐える強い心にならねばならない。わしは自分でひどい事に自分をならそうと努めているのだよ。
お兼 まあ。そんな事をする人があるものですか。自分の心を善《よ》くしょうと心がけるかわりに悪くしょうとして骨折るなんて。
左衛門 (飲み飲み語る)わしは悪人になってやろうと思うのだ。善人らしい面《つら》をしているやつの面の皮をはいでやりたいのだ。皆うそばかりついていやがる、わしはな、これで時々考えてみるのだよ。だが死んでしまうか、盗賊になるか、この世の渡り方は二つしか無いと思うのだ。生きてるとすれば食わねばならぬ。人と争わずに食うとすれば乞食《こじき》をするほかはない。世の中の人間が皆もののわかる人間なら乞食はいちばん気持ちのいい暮らし方だろう。だがいやな人間から犬に物を投げてやるようにして哀れみの目で見られて残り物をもらって生きるのはいちばんつらいからな。そして世の中の人間はみんなそのような手合いばかりだからな。乞食もできないとすれば、むしろ力ずくで奪
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