うほうがいくら気持ちがよいか知れない。どうせ争わねばならぬのなら、わしは慈悲深そうな顔をしたり、また自分を慈悲深いもののように考えたり虚偽の面をかぶるよりも、わしは悪者ですと銘打って出たいのだ。さもなくば乞食をするか。それも業腹《ごうはら》なら死んでしまうかだよ。ところでわしはまだ死にともないのだ。だから強くなくてはいけないのだ。だがわしは気が弱いでな。気を強くする鍛錬をしなくてはいけないのだ。きょうも吉助《きちすけ》の宅《うち》でおふくろに泣かれた時にはふらふらしかけたよ。わしはわしをしかってもっと気強くしなくてはならないと腹を決めてどなりつけてやったのだよ。悪くなりくらなら、おれだっていくらでも悪くなれるぞという気がしたよ。(酒を飲む)
お兼 まあ、あなたのような一概な考え方をなさる人もないものですわ。そのような事を松若の前で話すのはよしてくださいな。自分の子におとうさんがお前は泥棒《どろぼう》になれと教えるようなものではありませんか。あなたはとても悪者になれる柄ではないのですからね。根が優しいのですからね。それは善《よ》い性格ではありませんか。
左衛門 いや、わしは自分を善い性格
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