春の午後 第三幕より一年後

唯円一人。木の株に腰を掛けている。
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唯円 春が来た。草や木の芽はまるで燃えるようだ。大地は日光を吸うて、ふくれるように柔らかになった。小鳥は楽しそうに鳴いている。数々の花のめでたいこと! 若い命のよろこびが私のからだからわいて出るような気がする。(立ち上がり、あちこち歩く)もう来そうなものだがな。(叢の陰を透かして見る)もしかすると都合が悪くて、出られなかったのではないかしら。私も内緒でやっと出て来たのだもの。(間)だんだんうそを言う事になれて行く。(立ち止まり考える。やがて急に生き生きとする)いいや、今、そんな事は考えられない。(歩き出す)気がいそいそしてとてもじっとしてはいられない。(歌い出す)春のはじめのおん喜びは、おんよろこびは、さわらびの萌《も》えいずるこころなりけり、きみがため、摘む衣の袖《そで》に、雪こそかかれ、わがころも手に……
かえで (灌木《かんぼく》の叢《くさむら》のかげより登場)唯円様、ただ今。お待ちあそばして?
唯円 えゝ。ずいぶん長く。
かえで (唯円の
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