朝に別れたきりお目にかからないのだ。あの夜の事は忘れられない。
唯円 すごいような吹雪《ふぶき》の夜でしたっけね。私は子供心にもはっきりと覚えています。
親鸞 お前はまだ稚《おさ》ない童子だったがな。あのころから少しからだが弱いと言っておかあさんは案じていらしたっけ。
唯円 あの時あなたが門口のところで、もうお別れのときに、私を衣のなかに抱いてくだすったのを私は今でもよく覚えています。
親鸞 もう会えるか会えないかもわからずに、どこともなしに立ち去ったのだった。
唯円 師と弟子《でし》との契りを結ぶようになろうとは夢にも思いませんでした。
親鸞 縁が深かったのだね。
唯円 (しばらく沈黙、やがて思い入れたように)お師匠様、あなたは私を愛してくださいますか。
親鸞 妙な事をきくね。お前どうお思いかな。
唯円 愛してくださいます。(急に涙をこぼす)私はもったいないほどでございます。私はあなたの御恩は一生忘れません。私はあなたのためならなんでもいたします。私は死んでもいといません。(すすり泣く)
親鸞 (唯円の肩に手を置く)どうした。唯円。なんでそんなに感動するのだ。
唯円 私はあなたの愛に
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