しの冬が七回忌でございます。
親鸞 ほんに惜しい事をした。あんないいおかあさんはめずらしかった。
唯円 母は私をどんなに愛してくれたでしょう。私は子供の時の思い出をたどるたびに母の愛をしみじみと感じます。
親鸞 左衛門殿からおたよりがありましたか。
唯円 はい、達者で暮らしているそうです。母がなくなってからはさびしくていけないそうです。人生の無常を感じる、ひたすらに墨染めの衣がなつかしいと言って来ました。そして母の七回忌を機に出家したい、私の家を寺にしようと思っている。本尊はあの、あなたから、かたみにいただいた片手の欠けた仏像をまつるつもりだ、と言ってよこしました。
親鸞 とうとう出家する気になったかねえ。
唯円 長い間の願いだったのですからね。寺の名を枕石寺《ちんしゃくじ》とつけるのですって。それはあなたがあの雪の降る夜、石を枕《まくら》にして門口にお寝《やす》みになったのにちなむのですって。それからお師匠様に法名をつけてもらってくれと言っていました。
親鸞 あの人もずいぶん苦しまれたからね。
唯円 私は父が恋しゅうございます。もうずいぶん長く会わないのですから。
親鸞 私はあの雪の
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