んどいいのだよ。私はこうしているのがもったいないくらいだ。お前が止めなければもう床上げをしようと思うくらいだよ。
唯円 それはうれしゅうございます。しかしも少し御用心あそばしませ。大切なおからだですから。(間)あなたお寒くはありませんか。夜分はたいそう冷えるようになりましたね。
親鸞 いいや。頭がしっかりして気持ちがいいくらいだよ。
唯円 秋もだいぶ深くなりました。けさもお庭に仏様のお花を切りに出て見ましたが一面に霜が置いていました。花もすがれたのが多うございます。
親鸞 おっつけ木の薬も落ちるようになるだろう。
唯円 庫裡《くり》の裏のあの公孫樹《いちょう》の葉が散って、散って、いくら掃いても限りがないって、庭男のこぼす時が来るのですね。
親鸞 四季のうつりかわりの速いこと。年をとるとそれがことに早く感じられるものだ。この世は無常迅速というてある。その無常の感じは若くてもわかるが、迅速の感じは老年にならぬとわからぬらしい。もう一年たったかと思って恐ろしい気がする事があるよ。人生には老年にならぬとわからないさびしい気持ちがあるものだ。
唯円 世の中は若い私たちの考えているようなものでは
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