すか。
唯円 朝夕、御念仏三昧《おねんぶつざんまい》でございます。このあいだはお風を召しまして、お寝《やす》みなされましたが、もうほとんどよろしゅうございます。しかしだいぶお年をお召しあそばしましたよ。
善鸞 そうでしょうねえ。私はいつも稲田にいて、京へはめったに出ませんし、ことに面会もかなわぬ身で少しも様子がわかりません。私は親不幸ばかりしてはいますが、父の事は忘れてはいません。気をつけてやってください。
唯円 私はいつもおそばを離れず、お給仕申しているのです。
善鸞 父はあなたを愛しますか。
唯円 もったいないほどでございます。数多いお弟子衆《でししゅう》の中でも私をいちばん愛してくださいます。
善鸞 あなたを愛せぬ人はありますまい。あのかえでがあなたを好きだと言っていましたよ。(ほほえむ)
唯円 (顔を赤くする)御冗談をおっしゃいます。
善鸞 あなたは女というものをどんなに感じますか。私はあわれな感じがして愛せずにはいられません。ことにこのような所にいる女と触れるのが私はいちばん人間と接しているような気がします。世の中の人は形式と礼儀とで表面を飾って、少しもほんとうの心を見せてく
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