のですね。私は殊勝な気がいたします。
親鸞 (黙って考えている)
僧二 (同行衆六名を案内して登場)
親鸞 (同行衆の躊躇《ちゅうちょ》しているのを見て)さあ、こちらにおいでなさい。遠慮なさるな。
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唯円、席をととのえる。同行衆皆座に着く。
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親鸞 私が親鸞です。(弟子をさして)この人たちはいつも私のそばにいる同行です。
同行一 あなたが親鸞様でございましたか。(涙ぐみ親鸞をじっと見る)
同行二 私はうれしゅうございます。一生に一度はお目にかかりたいと祈っていました。
同行三 逢坂《おうさか》の関《せき》を越えてここは京と聞いたとき私は涙がこぼれました。
同行四 ほんになかなかの思いではございませんでしたね。
同行五 長い間の願いがかない、このような本望《ほんもう》なことはございません。
同行六 私はさっき本堂で断わられるのではないかと気が気でありませんでした。
親鸞 (感動する)よくこそたずねて来てくださいました。私もうれしく思います。どちらからお越しなされました。
同行一 私どもは常陸《ひたち》の国から参りましたので。
同行四 私らは越後《えちご》の者でございます。
親鸞 まああなたがたはそのように遠くからいらしたのですか。
同行二 ずいぶん長い旅をいたしました。
親鸞 そうでしょうともね。常陸も越後も私には思い出の深い国でございます。
同行四 私の国ではほうぼうであなたの事を同行《どうぎょう》が集まってはおうわさ申しております。
同行一 あなたのおのこしなされた御感化は私の国にもくまなく行き渡っております。
同行三 まだお目にかからぬあなた様をどんなにお慕い申した事でございましょう。
親鸞 私もなつかしい気がいたします。あのあたりを行脚《あんぎゃ》したころの事が思い出されます。
同行五 あのころとはいろいろ変わっていますよ。
親鸞 なにしろもう二十年の昔になりますからね。
同行六 雪だけは相変わらずたくさん積もります。
親鸞 雪にうずもれた越後《えちご》の山脈の景色は一生忘れる事はできません。
同行四 も一度いらしてくださる気はございませんか。
親鸞 御縁がありましたらな。だがおそらく二度と行くことはありますまい。もう年をとりましたでな。
同行一 お幾つにおなりなされますか。
親鸞 七十五になります。
同行二 さっきちょっと承りましたら、あなたは御病気でいらっしゃいますそうで。
親鸞 はい少し風をひきましてな。もうほとんどよいのです。
同行二 どうぞお大切になされてくださいませ。
同行三 皆の者がいかほどおたより申しているか知れないのですから。
親鸞 はいようおっしゃってくださいます。(間。唯円をさし)この人は常陸《ひたち》から来ているのです。
唯円 私は常陸の大門村在《だいもんむらざい》の生まれでございます。
同行一 同じお国と聞けばなつかしゅうございます。もう長らく京にいられるのでございますか。
唯円 国を出てから十年になります。国には父が残っていますので恋しゅうございます。
親鸞 十五年前に私が常陸の国を行脚《あんぎゃ》したおりに、雪に降りこめられてこの人の家に一夜の宿をお世話になったのです。それが縁となって、今ではこうして朝夕いっしょに暮らすようになりました。
同行二 因縁《いんねん》と申すものは不思議なものでございますな。
僧一 袖《そで》の振り合いも他生《たしょう》の縁とか申します。
僧二 こうして皆様と半日をいっしょに温《あたた》かく話すのでも、縁なくば許される事ではありませんね。
僧三 一つの逢瀬《おうせ》でも、一つの別れでもなかなかつくろうとしてつくれるものではありませんね。人の世のかなしさ、うれしさは深い宿世《すくせ》の約束事でございます。
唯円 私は縁という事を考えると涙ぐまれるここちがします。この世で敵《かたき》どうしに生まれて傷つけ合っているものでも、縁という事に気がつけば互いに許す気になるだろうと思います。「ああ私たちはなんという悪縁なのでしょう」こう言って涙をこぼして二人は手を握る事はできないものでしょうか。
親鸞 互いに気に入らぬ夫婦でも縁あらば一生別れる事はできないのだ。墓場にはいった時は何もかもわかるだろう。そして別れずに一生添い遂げた事を互いに喜ぶだろう。
唯円 愛してよかった。許してよかった。あの時に呪《のろ》わないでしあわせだった、と思うでしょうよね。
僧三 人は皆仲よく暮らすことですね。
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一同しんみり沈黙。
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同行一 (ひざをすすめる)実は私たちが十余か国の境を越えてはるばる京へ参りましたのは往
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