ですね。
僧二 おそばの御用事は皆唯円殿に仰せつけられます。
唯円 (登場。廊下伝いに本堂のほうに行く。僧のほうに会釈する)御免あそばせ。
僧三 唯円殿。
唯円 はい。(立ち止まる)
僧一 急ぎの御用でございますか。
唯円 いいえ。別に。ちょっと本堂まで行ってみようと存じまして。
僧二 ではちょっとここにお寄りなされませ。伺いたい事もございます。
僧三 お勤めの始まるまでお茶でも入れて話しましょう。
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唯円、僧のそばに行きてすわる。僧三お茶をついで唯円にすすめる。
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僧一 お師匠様の御模様はいかがでございます。
唯円 ただ今はお寝《やす》みでございます。
僧二 気づかいな御容体では無いのでしょうね。
唯円 はい、もうほとんどよろしいのでございます。きょうも大切な法然《ほうねん》様の御命日ゆえ起きてお勤めするとおっしゃったのを私が無理に御用心あそばすようにお止め申したのでございます。もう起きて庭などお散歩あそばすほどでございます。
僧三 それがよろしゅうございます。おからだにさわってはなりません。
僧一 私などとは違い大切なおからだでございますからね。
僧二 誠に念仏宗の柱石でいらっしゃいます。
僧三 法然聖人《ほうねんしょうにん》御入滅後法敵多き浄土門を一身に引き受けて今日の御繁盛をきたしましたのは、まったくお師匠様のお徳でございます。
僧一 万一いまお師匠様の身に一大事がありでもしたら、当流はまるで暗やみのごとくになりましょう。
僧二 我々初め数知れぬお弟子衆《でししゅう》は善知識を失うて、途方に暮れる事でございましょう。
僧三 頼《たよ》りに思う御子息|善鸞《ぜんらん》様はあのようなふうでございますしね。
僧一 当流の法統を継ぐべき身でありながら、父上におそむきあそばすとは浅ましい事でございます。
僧二 お師匠様とは打って変わって荒々しい御性質でございます。
僧三 不肖の子とでも申すのでございましょうか。
唯円 早く父上の御勘気が解けてくれればよいと思います。
僧一 いやあのようなお身持ちでは御勘気の解けぬが当然と思います。あのようなお子がお世継ぎとあっては当流の名にもかかわります。
僧二 普教のさわりにもなろうと思われます。
僧三 たださえ世間では当流の安心《あんじん》は万善を廃するとて非難いたしておるおりでございます。
唯円 善鸞様は善《よ》いかたでございます。あなたがたの思っていられるようなかたではありません。私は善鸞様としばらく話してすぐに好きになりました。どのような事をなされたかは存じませぬが私はあのかたを悪いかたとは思われません。
僧一 唯円殿のお言葉ですが、善鸞《ぜんらん》様は放蕩《ほうとう》にて素行《そこう》の修まらぬ上に、浄土門の信心に御反対でございます。
僧二 放蕩をなさるのなら浄土門の信心でなくては出離の道はありますまいにね。
僧三 では悪くても救われるから悪い事もしてやれというのではないのですね。
僧一 私もそうであろうと思いました。しかしほんとうはそうではなさそうです。それで私も合点が行かぬのでございます。
僧二 それではお師匠様の御立腹も無理はございませんね。
唯円 お師匠様は善鸞様の事を陰ではどれほど気にしていらっしゃるか知れませんよ。
僧三 しかし今のままではとても御勘気の解ける見込みはありませんね。なにしろ稲田《いなだ》の時からの長い御勘当でございますからね。
唯円 善鸞様は今度稲田から御上洛《ごじょうらく》あそばすそうでございますが。
僧一 とても御面会はかないますまい。
唯円 どうぞ御面会がかないますようにあなたがたのおとりなしのほどをお願い申します。
僧二 そのような事はめったにできません。お師匠様のおしかりを受けます。
僧三 善鸞様のお心が改まらなくてはかえっておためにもなりますまい。
唯円 私は悲しい気がいたします。
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一同ちょっと沈黙。
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僧一 きょうの法話はどなたがなさるのでございますか。
僧二 私がいたすはずになっています。
僧三 どのような事についてお話しなさるおつもりですか。
僧二 法悦《ほうえつ》という事について話そうと考えています。仏の救いを信ずるものの感ずる喜びですな、経にいわゆる踴躍歓喜《ゆやくかんぎ》の情ですな。富もいらぬ、名誉もほしくない、私にはそれよりも楽しい法の悦《よろこ》びがあります。その悦びがあればこそこの年まで墨染めの衣を着て貧しく暮らして来たのですからね。
僧一 そうですとも。私は他人の綺羅《きら》をうらやむ気はありません。私は心に目に見えぬ錦《にしき》を着ていると
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