さようでございますか。(三人の僧をつくづく見る)ではちょっと夫にきいてみますから。そこはお寒うございます。内にはいってお温《あたた》まりあそばせ。
左衛門 お兼。なんだい。
お兼 旅の坊さんなんですがね。三人ですの。この雪で困るから一夜だけ泊めてくれないかとおっしゃるのです。お金《あし》がないから宿には着けないのですって。
[#ここから5字下げ]
三人の僧内にはいり庭に立つ。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
左衛門 (いやな顔をする)せっかくだがお断わりしよう。
お兼 でも困っていらっしゃるのだから泊めてあげようではありませんか。
左衛門 いや泊めるわけには行かないよ。
お兼 あなたいいではありませぬか。何も迷惑になるのではなし。それに御出家様ではありませぬか。
左衛門 いやだよ。(声を荒くする)坊さんだから泊められないのだ。わしは坊さんが大きらいだ。世の中でいちばんきらいだ。
お兼 そんな失礼なことを。(慈円に小声にて)お酒に酔っているのです。気を悪くしないでください。
慈円 (左衛門に)どこでもよろしゅうございますから、今晩一夜だけとめていただかれますまいか。
左衛門 お断わりします。
良寛 縁先でもよろしゅうございますが。
左衛門 くどい人だな。
慈円 お師匠様どういたしましょう。
親鸞 私がも一度頼んでみましょう。(左衛門に)御迷惑ではございましょうが、難儀をいたしておりますで、御縁とおぼしめして一夜だけ泊めていただかれませんでしょうか。
左衛門 お前さんは師匠様だな。(冷笑する)なるほどありがたそうな顔をしておいでなさるよ。だがあいにくわしは坊さんがきらいでしてな。虫が好きませんのでな。
親鸞 おいやなのはわかりました。だがあわれんでお泊めくださいまし。
左衛門 お前さんがたをあわれむなんて。どういたしまして。いちばんおうらやましい御身分でいらっしゃいますよ。この世では皆に尊ばれて死ぬれば極楽へ行かれますでな。あなたがたは善《よ》い事しかなさらないそうだでな。わしは悪い事しかしませんでな。どうも肌《はだ》が合いませんよ。
親鸞 いいえ。悪い事しかしないのは私の事でございます。
左衛門 (親鸞の言葉には耳を傾けず)あなたがたのなさる説教というものはありがたいものですな。おかげで世間に悪人がなくなりますよ。喜捨、供養をすれば罪が滅びると教えてくださるので、皆喜んで米やお金を持って行きますでな。お寺は繁盛いたしますよ。すわっていて安楽に暮らして行けますよ。善い事をすれば極楽に行けるとはありがたい教えでございます。ところであいにくこの世の中は善い事ができぬようにくふうしてつくってありますでな。皆極楽参りができますよ。はゝゝゝ。
親鸞 そのようにおっしゃるのはごもっともでございます。
左衛門 あなたがたはまったくお偉いよ。むつかしいお経をたくさん読んでおられるでな。またそのお経に書いてあるとおりを実行なさるのでな。殺生《せっしょう》もなさらず、肉も食わず、妻も持たず、まるで生きた仏様みたようでございますよ。心の内で人を呪《のろ》う事もなければ、婦《おんな》を見て色情も起こりませぬのでな。いやきたない夢さえも御覧になりませぬのでな。御立派な事ですよ。さような立派なおかたがたに、わしみたような汚《けが》れたものの宅《うち》に泊まっていただいてはおそれ多い気がしますのでな。
親鸞 滅相な。私は決してあなたのおっしゃるような清い人間ではありません。
左衛門 わしはけさも殺生しました。それからけんかをしました。それから酒を飲みました。それから今はお前さんがたを……
お兼 左衛門殿。ちとたしなみなさらぬか。はたの聞く耳もつらいではありませんか。(顔を赤くする。親鸞に)御出家様。どうぞ堪忍してやってくださいまし。(左衛門に)あなたそんなに口ぎたなく言ったり、皮肉を言ったりしないでも、お断わりするのなら、そう言っておとなしくお断わりすればいいではありませんか。
左衛門 だから始めから断わってるではないか。わしは坊さんはきらいだから、お泊め申す事はできないのだ。
慈円 では私ら二人は泊めていただかなくともようございます。どうぞお師匠様だけは泊めてあげてくださいませ。たいへんお疲れでございますから。
良寛 御覧のとおり寒さにふるえていらっしゃいます。
慈円 吹雪《ふぶき》さえやめば、あすの朝早く発足いたしますから。
良寛 一夜の宿を頼むのも何かの因縁とおぼしめして。
左衛門 できないといったらできません。
[#ここから5字下げ]
外をあらしの音がする。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
慈円 私はどうなってもよろしい。ただお師匠だけは……(涙ぐむ)
左衛門 あいにくその
前へ 次へ
全69ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
倉田 百三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング