お師匠様がいちばんきらいだよ。人に虚偽を教えるものはなおさらいやだよ。わしはな悪人だが悪人という事を知っているのだ。
親鸞 あなたはよいところに気がついておられます。私とよく似た気持ちを持っていられます。
左衛門 はゝゝゝ。あなたと私と似てたまるものかい。
良寛 では宿の儀はかないませぬか。
左衛門 かないません。
慈円 ではあきらめます。どうぞその炉で衣をかわかす事だけお許しください。しみて氷のように冷たくなっています。
お兼 さあ、さあどうぞおかわかしなさいませ。今炭をついでよい火をおこしてあげますから。(炉のほうに行かんとする)
左衛門 (さえぎる)よけいな世話を焼くな。(声を荒くする)お前がたはなんというくどいやつだろう。さっきからわしがあれほど言うのがわからないのかい。少しは腹を立てい。この偽善者め。面《つら》の皮の厚い――
お兼 左衛門殿、左衛門殿。
左衛門 (親鸞に)早く出て行け。この乞食坊主《こじきぼうず》め。(親鸞を押す)
慈円 あまりと言えば失礼な――
良寛 お師匠様に手を掛けたな。
左衛門 早く出て行け。(良寛をこづく)
良寛 なにを。(杖《つえ》を握る)
左衛門 打つ気か。(親鸞の杖を取って振りあげる)
親鸞 良寛。手荒な事はなりませぬぞ。
[#ここから5字下げ]
親鸞二人の中に割って入る。左衛門親鸞を打つ。杖は笈《おい》にあたる。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
慈円 お師匠様早くお出あそばせ。(左衛門をさえぎる)
松若 おとうさん。おとうさん。(うろうろする)
お兼 (まっさおになる)左衛門殿、左衛門殿。(後ろから左衛門を抱き止める)
左衛門 放せ。ぶちなぐってやるのだ。
[#ここから5字下げ]
親鸞、慈円、良寛、戸の外に出る。左衛門|杖《つえ》を投げる。杖は雪の上に落ちる。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
松若 おとうさん。おとうさん。(左衛門にしがみついて泣く)
お兼 (外に飛んで出る。おどおどして親鸞をさする)痛かったでしょう。許してください。私どうしましょう。おけがはありませぬか。
親鸞 大事ありません。托鉢《たくはつ》をして歩けばこのような事は時々あることです。
お兼 どうぞ私の夫を呪《のろ》ってやってくださいますな。(泣く)悪いやつでもゆるしてやってくださいまし。
親鸞 心配なさるな。私はむしろあの人は純な人だと思っていますのじゃ。
慈円 あまりひど過ぎると思います。
良寛 (涙ぐむ)お師匠様。私はなさけなくなってしまいました。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から4字上げ]――黒幕――

      第二場

[#ここから3字下げ]
舞台一場と同じ。夜中。家の内には左衛門、お兼、松若三人|枕《まくら》を並べて寝ている。戸の外には親鸞石を枕にして寝ている。良寛、慈円雪の上にて語りいる。
[#ここで字下げ終わり]

[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
慈円 夜がふけて来ましたな。
良寛 風は落ちましたけれど、よけいに冷たくなりました。
慈円 足の先がちぎれるような気がします。(間)お師匠様はおやすみでございますか。
良寛 さっきまで念仏を唱えていられましたが、疲れて寝入りあそばしたと見えます。
慈円 すやすやと眠っていられますな。
良寛 お寝顔の尊い事を御覧なさいませ。
慈円 生きた仏様とはお師匠様のようなかたの事でしょうねえ。
良寛 私はおいとしくてなりません。(親鸞の顔に雪がかかるのを自分の衣で蔽《おお》うようにする)
慈円 なかなかの御苦労ではございませんね。
良寛 私は若いからよろしいけれど、お師匠様やあなたはさぞつろうございましょう。おからだにさわらなければようございますが。(親鸞のからだに手を触れて)まるでしみるように冷たくなっていられます。
慈円 この屋の家内は炉のそばで温《あたた》かく休んでいるのでしょうね。
良寛 主人はあまりひど過ぎますね。酒の上とは言いながら。
慈円 縁の先ぐらいは貸してくれてもよさそうなものですにね。
良寛 私は行脚《あんぎゃ》してもこのような目にあったのは初めてです。
慈円 お師匠様を打つなんてね。
良寛 私はあの時ばかりは腹が立ってこらえかねましたよ。お師匠様がお止めなさらぬなら打ちのめしてやろうと思いました。
慈円 あの手が腐らずにはいますまい。(間)お師匠様の忍耐強いのには感心いたします。私は越路《こしじ》の雪深い山道をお供をして長らく行脚《あんぎゃ》いたしましたが、それはそれはさまざまの難儀に出会いました。飢え死にしかけた事もありますし、山中で盗賊に襲われたこともありますよ。親知らず、子知らずの険所を越える時などは、岩かどでお足をおけがなされて、足袋《
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