ように思っているのよ。
かえで 私もほんとうのねえさんのような気がするのよ。
浅香 あなたが初めて家《うち》に来たとき、私の部屋《へや》に来てこれからお頼み申しますと言って、手をついてお辞儀をしたでしょう。私はあの時から妙にいとしい気がしたのよ。おかあ[#「かあ」に傍点]さんから、今度新しい子が来るから、お前の妹分にして仕込んでやってくれとかねてたのまれていたのよ。けれど私は別に気にも留めなかったの。それにあなたを一目見るとなんとも言えないあわれ[#「あわれ」に傍点]な気がしたのよ、あなたはきまり悪そうに、おずおずして言葉も田舎《いなか》なまりのままでしたわね。
かえで 私は勝手はわからないし、心細かったわ。あの時あなたは少し気分が悪いと言って火鉢《ひばち》にもたれて、何もしないでじっとすわっていらしたわね。私は優しそうなかただと思いました。だんだんつきあっているうちに、ほかのねえさんたちとは違ったさびしい、ゆかしいところが私にもよくわかって来たのよ。そしてすっかりあなたが好きになってしまったの。
浅香 あなたは初めはずいぶん苦しい目にあったわね。小さい身にはこらえ切れないような。
かえで あなたはよく私をかぼうてくださいました。
浅香 あなたが死にかけた時にはどんなに驚いたでしょう。
かえで 辛抱おし。何もかもわかっている。私も同じ思いを忍んで来たのだ。何事も国のおかあさんのために。とあなたは泣いて止めてくださいました。
浅香 でもよく聞き分けてくだすったわね。それから互いの身の上話になって、二人で話しては泣いたのね。
かえで まるで数でもかぞえるように、互いのふしあわせを並べ立てて――
浅香 なぜ私たちはこのように不幸なのでしょうと言って二人で考えたのね。そしたらわけがわからなくなってしまって、とうとうあきらめるよりほかはないということでおしまいになったのね。
かえで あの時から二人はいっそうの事親しくなったのね。
浅香 何もかも打ち明けおうて。
かえで (浅香の顔を見る)見捨ててはいやよ。
浅香 あなたこそ。
かえで ねえさん、手をかして。
浅香 はい。(手を延ばす)
かえで (浅香の手を胸のところで握り締める)ねえさんのお手の冷たいこと!
浅香 私は冷え性なのよ。
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二人しばらく沈黙。
[#ここで字下げ終わり]
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かえで 善鸞様からおたよりがありますの。
浅香 えゝ、おりおり。
かえで お国ではどうして暮らしていらっしゃるの。
浅香 やはりお寺にすわっていらっしゃるのよ。しきたり[#「しきたり」に傍点]で仏様は拝むけれど、ほんとうは何も信じられないで、心はだんだんさびれて行くばかりだとお手紙に書いてありました。
かえで あのようなさびしいかたはありませんね。つきあえば、つきあうだけ、どんなに心の奥に、不幸を持っていらっしゃるかが思われるような気がしました。
浅香 善鸞様はほんとうはおとう様に会いたくて京にいらっしゃったのよ。けれどおとう様のお身のためや、お弟子衆《でししゅう》や、親戚《しんせき》のかたの心持ちや、いろいろな事を考えて、とうとう会わない事に決心なすったのよ。
かえで ではさびしいお心で御帰国なすったでしょうねえ。
浅香 おいとしいと言うよりも、あわれなと言うくらいでしたよ。(間)けれど唯円様のおかげでおとう様のお心持ちがよくわかったので、たいへん安心なさいました。別れていて互いの幸福を祈る――すべての人間は隣人としてそうするのが普通のさだめ[#「さだめ」に傍点]なのだ。人間はどのように愛し合っていても、いつもいっしょにいられるものではない。別れていて祈りを通わすほかは無い。お前とおれでもそのとおりだ、もうじきお別れしなくてはならない。今度はいつ会えるかわからない。別れてもおれのために祈ってくれ。おれもお前のしあわせを祈るからとおっしゃいました。
かえで 善鸞様は唯円様をたいへんお好きなさいましたね。
浅香 あんな温《あたた》かい、純潔な人は無いと言って、いつもほめていらっしゃいました。
かえで 唯円様も、善鸞様を皆が悪く言うのはわけがわからないと言っていらっしゃいました。
浅香 あのかたは善《よ》い心が傷つけられたために、調子が狂って来たのです。いったん心の調子が狂うと、なかなか元には返りませんからね。それには始終そのすさんだ心を温《あたた》め潤す愛がはたになければなりません。それだのにあのかたの周囲には、その愛が欠けている代わりに、呪《のろ》いとさげすみとが満ちているのですもの。
かえで あのかたはまたその他人の非難を気にかけずにいられるような人ではありませんでしたからね。自分では強そうな事を言っていらっしゃるくせに。いつかも私にお前はお
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