れを真宗の教えは淫逸《いんいつ》をもきらわぬからだなどと申しています。
僧一 他宗の者どもは当流の繁盛をねたんで非難の口実を捜している時でございます。
僧二 なにしろ気をつけなければならない大切な時期と思います。(間)実は唯円殿は善鸞様のところに時々会いに行くといううわさがあるのでございますがね。
親鸞 そうかね。唯円は私には何も言わぬけれどね。
僧一 どうも少しそぶりが怪しいようでございます。先日も善鸞様の事をひどく弁護いたしておりました。
親鸞 私から注意しておきましょう。
僧二 善鸞様はこのごろは木屋町へんのあるお茶屋で、毎日居つづけして遊んでいられるそうでございます。
親鸞 あの子には実に困ります。お前がたにはいつも心配をかけてすまないね。
僧一 いいえ。私たちはただあなたのお徳の傷つかぬように祈るばかりでございます。
僧二 あなたのような清いおかたにどうしてあのようなお子ができたのでございましょう。
僧一 せめて京においであそばさねばよろしいのでございますが。
親鸞 どうか人様に迷惑をかけてくれねばよいがと祈っています。(頭《こうべ》をたれ、黙然としている)
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少時沈黙。
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僧一 もう晩のお勤めになりますから失礼いたします。きょうは由ない事をお耳に入れてすみませんでした。
親鸞 いいや。
僧二 あまりお気におかけなされますな。おからだにさわってはなりません。
親鸞 ありがとう。
僧一 ではまた後ほど。
僧二 お大切になされませ。
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僧一、僧二退場。親鸞目をつむり、考えに沈む。
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小僧 (登場)暗くなりました。火をつけましょう。(行灯《あんどん》に火をつける)
親鸞 唯円はどうした。
小僧 お午《ひる》下がりに用たしに行って来ると言って出られました。もうお帰りになりましょう。晩のお勤めまでには帰ると申されましたから。
親鸞 そうか。
小僧 今夜はお気分はいかがでございますか。
親鸞 おかげでいい気持ちだ。きょうはお庭を掃除《そうじ》してくれて御苦労だったね。
小僧 しばらく手入れを怠るとすぐに雑草がはびこりますからね。
親鸞 くたびれたろう。今夜は早くお寝《やす》み。
小僧 はい。では御用があったら呼んでくださいませ。(退場)
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本堂から晩のお勤めの鐘が聞こえる。
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親鸞 (寝床の上にて居ずまいを正し)南無阿弥陀仏《なむあみだぶつ》。南無阿弥陀仏。(目をつむる)
唯円 (登場)ただ今帰りました。(手をつく)[#「(手をつく)」は底本では「(手をつく」]
親鸞 あゝ、お帰りか。
唯円 おそくなりました。
親鸞 どこへ行きました。
唯円 木屋町のほうまで行きました。
親鸞 そうか。
唯円 暇どってすみませんでした。お夕飯は?
親鸞 さっき済ませました。お前の帰るのを待とうかと思ったけれど、先に食べました。
唯円 お給仕もいたしませんで。
親鸞 いいえ。(間)お前はまだだろう。
唯円 私は今夜はほしくありませんので。
親鸞 気分でも悪いのかえ。少しでもおあがり。(唯円の顔を見る)
唯円 いいえ少しせいて歩いたからでしょう。あとでまたいただきます。
親鸞 そうかえ。気をおつけよ。お前は丈夫なたちではないのだから。
唯円 ありがとうございます。今夜はお具合は?
親鸞 もうほとんどいいのだよ。私はこうしているのがもったいないくらいだ。お前が止めなければもう床上げをしようと思うくらいだよ。
唯円 それはうれしゅうございます。しかしも少し御用心あそばしませ。大切なおからだですから。(間)あなたお寒くはありませんか。夜分はたいそう冷えるようになりましたね。
親鸞 いいや。頭がしっかりして気持ちがいいくらいだよ。
唯円 秋もだいぶ深くなりました。けさもお庭に仏様のお花を切りに出て見ましたが一面に霜が置いていました。花もすがれたのが多うございます。
親鸞 おっつけ木の薬も落ちるようになるだろう。
唯円 庫裡《くり》の裏のあの公孫樹《いちょう》の葉が散って、散って、いくら掃いても限りがないって、庭男のこぼす時が来るのですね。
親鸞 四季のうつりかわりの速いこと。年をとるとそれがことに早く感じられるものだ。この世は無常迅速というてある。その無常の感じは若くてもわかるが、迅速の感じは老年にならぬとわからぬらしい。もう一年たったかと思って恐ろしい気がする事があるよ。人生には老年にならぬとわからないさびしい気持ちがあるものだ。
唯円 世の中は若い私たちの考えているようなものでは
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