先の日本娘はどんな恋をしたか、も少し恋歌を回顧してみよう。
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言にいでて言はばゆゆしみ山川のたぎつ心を塞かへたりけり
思ふこと心やりかね出で来れば山をも川をも知らで来にけり
冬ごもり春の大野を焼く人は焼きたらぬかもわが心焼く
かくのみにありけるものを猪名川の奥を深めて吾が念へりける
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死ぬほどの恋も容易に口に出さず、逢いたくなっては夢遊病者のように山川を越え、思いに焦げては大野も燃えよ、忠実でもなかった人を自分の方では胸の奥底から思っていた……すべて緊きしまり、濃く、強く、思いこんでいる。
愛するというのも早ければ別れるのも軽く、少し待たせれば帰ってしまい、逢びきの間にも胸算用をし、たといだます分でもだまされはせぬ――こういった現代の娘気質のある側面は深く省みられねばならぬ。新しさ、聡明さとはそんなものではないはずだ。新しさとは今の日本の時代ではむしろ国ぶりに復帰することだ。恋から恋にうつるハリウッドのスターは賢くはない。むしろ愚かだ。何故なら恋の色彩は多様でもいのち[#「いのち」に傍点]と粋とは逸してしまうからだ。真に恋愛を味わうもの
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