とは恋のいのち[#「いのち」に傍点]と粋との中心に没入する者だ。そこでは鐘の音が鳴っている。それは宗教である。享楽ではない。
 清姫の前には鐘があった。お七の前には火があった。そして橘媛の前には逆まく波があった。
 恋愛の宝所はパセチックばかりではない。恋の灼熱が通って、徳の調和に――さらに湖のような英知と、青空のような静謐《せいひつ》とに向かって行くことは最も望ましい恋の上昇である。幾ら上って行ってもそのひろがりは詩と理想と光との世界である。平板な、散文の世界ではない。それがいのち[#「いのち」に傍点]というものの純粋持続の特徴である。箱のような家に住み、紡績ばかり著て生きても夢と、詩とは滅びることがない。それが精神生活、たましいの異境というものだ。
 燃えるような恋をして、洗われる芋のように苦労して、しかも笛と琴とのように調和して、そしてしまいには、松に風の沿うように静かになる。それが恋愛の理想である。
 ダンテを徳に導いた淑女ベアトリーチェ。ファウスト第二部の天上のグレーチヘン。
 これらは不幸な、あるいは酬いられぬ恋であったとはいえ、恋を通して人間の霊魂の清めと高めとの雛型であ
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