恵からきたもので、恋愛結婚の方が甘いように一見見えるけれども、決してそうではない。こういった種類の現実的知恵というものは鋭いように見えても、本道ではないから、さきでその復讐を受ける。恋愛でさえも媒介結婚で満足し、現実の便宜で妥協するようなことでは、その他の人生の尊いものもどう取り扱われるかしれている。たとい田の畔《あぜ》での農夫と農婦との野合からはいった結婚でさえも、仲人結婚より勝っている。こんな人生の大道を真直ぐに歩まないのでは後のことは話しにならない。夫婦道も母性愛も打ち建てるべき土台を失うわけである。その人の子を産みたいような男子、すなわち恋する男の子を産まないでは、家庭のくさび[#「くさび」に傍点]はひびが入っているではないか。ことに結婚生活に必ずくる倦怠期に、そのときこそ本当の夫婦愛が自覚されねばならないのだが、そうしたときに、恋愛から入っていなくては思いなおしができぬ。
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今更らに何をか嘆かむうちなびき心は君に依りにしものを
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 これは万葉の歌だが、恋愛から入った夫婦でなくてはこうしたしみじみした諦感は起こるまい。
 結婚はその
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