サの力はしっとりと落ち着いて、深い根を張っている。氏が内部生命の衝動に駆られて、真剣に自己の問題につきて思索しつつある痕跡は至るところに残っている。ことに宗教を論じられるあたりは、病中の作であるからでもあろうが、氏の苦悩と憧憬とがありありと見えてことに感情が籠《こも》っている。淋しげなる思索の跡はそぞろに涙を誘うものがある。「デカルトの哲学は数学の定理の如きものを組み立てて作ってあるけれども、よく読んで見れば、彼の内心の動揺と苦悩が窺われて、強く、沈痛の力に打たれる」と氏はいっておられる。まことに氏は抽象的概念をいじくり回す単なるロジシャンではない。その思索には内部生活の苦悩が纏い、その哲学にはいのちとたましいとの脈搏が通うている。私はともに坐して半日の秋を語りたる、京都の侘しき町端《まちはず》れなる氏の書斎の印象を胸に守っている。沈痛な、瞳の俊秀な光をおさめた、やや物瘠せしたような顔が忘れられない。メフィストをして嘲るままに嘲らしめよ。氏は生命の根に潜む不可思議を捕捉せんために、青草を藉きて坐しながらなお枯草を食うて、死に至るまで哲理を考えつつ生きるであろう。
(一九一二・一一・一二夜)[#地から2字上げ]
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 異性の内に自己を見いださんとする心

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〔Sinotschka. Ko:nnen Sie fu:r die jenige sterben, die Sie lieben?〕
Niemowezkij. Ja, ich kann es. und Sie?
〔Sinotschka. Ja, ich auch es ist ja doch ein grosses Glu:ck, fu:r den liebsten〕
 〔Menschen zu sterben, ich mo:chte es sehr gern.   (Der Abgrund. Andrejew.)〕
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       上

 たとえば大野の黎明《れいめい》にまっ白い花のぱッと目ざめて咲いたように、私らが初めて因襲と伝説とから脱してまことのいのちに目醒めたとき、私らの周囲には明るい光がかがやきこぼれていた。ことごとに驚異の瞳が見張られた。長き生命の夜はいま明けた。これからほんとに生きなければならないのだ。こう思って私らは心をおどらし肩を聳
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