謔、な心持ちになれない。頼もしくない。
 私は憧憬の対象を友に求めようとした。私には細かな理解をもって骨組まれ、纏綿たる愛着をもって肉づけられたる真友があるではないか。けれども私はこれにも満足することができなかった。友には肉が欠けている。これが私を少なからず失望させた。私はその頃から肉というものを非常に重んじていた。肉は生命の象徴的存在である。生命は霊と肉とを不可分に統合せる一如である。生命を内より見るとき霊であり外より見るとき肉である。肉と霊とを離して考えることはできない。肉を離れて霊のみは存在しない。
 私は人格物を憧憬するならば霊肉を併《あわ》せて憧憬したかった。生命と生命との侵徹せる抱擁を要求するならば、霊肉を併せたる全部生命の抱合が望ましかった。この要求よりして私は女に行かねばならなかった。人格物を憧れ求むる私の要求は神に行き、友に行き、女に至って止まった。そして私の憧憬の対象がしっくりと決まったような心地になった。私の全部生命は宗教的なる渇仰の情を漲《みなぎ》らせて女を凝視した。私の心の隅には久しき昔より異なれる性を慕い求むるやるせなきあくがれが潜んでいた。この心は一度は蕭殺たる性欲のみの発動となって私の戦闘的な利己主義の生活をもの凄く彩ったこともあった。けれども一度その殺伐たる生活より醒《さ》めて、深く、もの静かな、また切実な宗教的な気分に帰って以来、この心は深く、優しく、まことあるものとなっていた。私は異性に対して寛大な、忠実な、熱情ある心を抱いていた。私は性の問題に想い至ればすぐに胸が躍った。それほどこの問題に厳粛なる期待を繋いでいた。私の天稟のなかには異性によりてのみ引きいだされ、成長せしめられ得る能力が隠れているに相違ない。また女性のなかには男性との接触によりてのみ光輝を発し得る秘密が潜んでるに相違ない。私はその秘密に触れておののきたかった。私は両性の触るるところ、抱擁するところそこにわれらの全身を麻痺せしめるほどの価値と意義とが金色の光をなして迸発《ほうはつ》するに相違ないと思った。私は男性の霊肉をひっさげてただちに女性の霊肉と合一するとき、そこに最も崇高なる宗教は成立するであろうと思った。真の宗教は Sex のなかに潜んでるのだ。ああ男の心に死を肯定せしむるほどなる女はないか。私は女よ、女よと思った。そして偉大なる原始的なる女性の私に来たら
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