ーて何ものかを呼び求むるようでもあった。私は恐ろしい寂寥に襲われた。とても独りでは堪えられないような存在の寒さと危うさにおののかずにはいられなかった。私は何も手につかなかった。ただこの意識中心の推移するのかと思うような心の動乱と寂寥と憧憬とを持てあましつつ生きていった。
私は狂うような手紙をO市の友に幾度出したかもしれない。淋しさと怖ろしさとに迫られては筆をとった。霖雨のじめじめしい六月が来た。その万物を糜爛《びらん》せしめるような陰鬱な雨は今日も今日もと降りつづいた。湿めっぽいうっとうしい底温かいような気候が私にいらだたせるような不安を圧迫した。私はこの熱を含んだ、陰気くさく淡曇った天の下に、蒸し暑い空気のなかに、手のつけようのない不安な気持ちに脅かされながら生きねばならなかった。
試験準備で忙《せ》わしい友達の間に何も手につかないでぼんやりしてるのが辛いので、私は筑波山へ旅に出たことがあった。私は淋しいもの哀しい旅をした。筑波山はまっ白い霧に抱かれて黙っていた。私はただ独り山道をとぼとぼ登りながら、自然は冷淡なものだとつくづく思った。この淋しい自己を託さんとする自然は私には何の関わりもないもののように冷然として静まり返っていた。私はとりつくしまもなかった。私がよしやそこに立ってる大樹の肌に抱きついて叫んだとて、雨に濡れたる黒土に噛みついて号泣したってどうともなりはしないではないか。
私は抱きつく魂がなくてはかなわないと思った。私の生命にすぐに燃えつく他の生命の※[#「火+稻のつくり」、第4水準2−79−88]がなくては堪えられないと思った。魂と魂と抱擁し、接吻し、嘘唏《きょき》し、号泣したかった。その抱擁の中に自己のいのちが見いだしたかった。
私は山頂の茶店の古ぼけた登山記念帖に次のようなことをなぐり書きに書きのこしてひとり淋しく山を下りた。
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何者かを求めて山に来りき。されど求むるところのものは自然にてはあらざりき、人なりき、愛なりき。たとい超越的の神ありたればとてわれにおいて何かせん。ああ人格的、内在的なる神はなきか。わが霊肉を併せて抱擁する女はなきか。
[#ここで字下げ終わり]
山から帰ってから、私の心はいっそう淋しくなった。そしていっそう切迫してきた。しかし私は私の心の不安と動揺とにほぼ明らかなる形をあたえることがで
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