い!」
 はたしてパッと水煙が上った。同時に湖上の老人の姿が、煙のように消えて了った。
 見抜いた武士も只者では無い。
 むべなる哉この侍は、由井民部介橘正雪。

 南宗流乾術第一巻九重天の左行篇に就いて、説明の筆を揮うことにする。
 これは妖術の流儀なのである。
 日本の古代の文明が、大方支那から来たように、この妖術も支那が本家だ。南宗画は本来禅から出たもので、形式よりも精神を主とし、慧能流派の称である。ところが妖術の南宗派は、禅から出ずに道教から出た。即ち老子が祖師なのである。道教の根本の目的といえば、長寿と幸福の二つである。この二つを得るためには、代々の道教家が苦心したものだ。或者は神丹を製造して、それを飲んで長命せんとし、或者は陰陽の調和を計り、矢張り寿命を延ばそうとした。幸福を得るには黄金が必要だ。それで或者は練金術[#「練金術」はママ]をやって、うんと黄金を儲けようとした。
 神仙説を産んだのも、矢張り長寿と幸福との為めだ。
 だが、併し、妖術の元は、幸福を得るというよりも、長寿を得ると云う方に、重きを置いていたらしい。ところで妖術の著書はと云えば、枹木子を以て根元とする。
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