鵞湖仙人
国枝史郎
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)武士《さむらい》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一|巻《まき》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#ここから2字下げ]
−−
一
時は春、梅の盛り、所は信州諏訪湖畔。
そこに一軒の掛茶屋があった。
ヌッと這入って来た武士《さむらい》がある。野袴に深編笠、金銀こしらえの立派な大小、グイと鉄扇を握っている、足の配り、体のこなし、将しく武道では入神者。
「よい天気だな、茶を所望する」
トンと腰を置台へかけた。物やわらかい声の中に、凛として犯しがたい所がある。万事物腰鷹揚である。立派な身分に相違ない。大旗本の遊山旅、そんなようなところがある。
「へい、これはいらっしゃいまし」
茶店の婆さんは頭を下げた。で、恭しく渋茶を出した。
ゆっくりと取り上げて笠の中、しずかに喉をうるおしたが、その手の白さ、滑らかさ、婦人の繊手さながらである。
茶を呑み乍ら其の侍、湖水の景色を眺めるらしい。
周囲四里とは現代のこと、慶安年間の諏訪の湖水は、もっ
次へ
全24ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング