ある。ちゃんと三指を突いている。
「驚いたなあ」と心の中。正雪すっかり胆を潰した。しかし態度には現さず「拙者こと江戸の浪人、由井正雪と申す者、是非ご老人にお目にかかり度く、まかり出でましてございます。この段お取次ぎ下さいますよう」
「暫くお待ちを」と娘は云った。それからシトシトと奥へ這入った。間違いは無い足がある。どう睨んでも幽霊では無い。
 正雪、腕を組んで考え込んだ。
 そこへ娘が引き返して来た。
「お目にかかるそうでございます。どうぞお通り下さいますよう」
 で、正雪は玄関を上った。
 通されたのは奇妙な部屋だ。三間四方の真っ四角の部屋、襖も無ければ障子も無い。窓も無ければ出入口も無い。
「はてな」と正雪は復考えた。「俺はたしかに案内されて、たった今此部屋へ這入った筈だ。それだのに一つの出入口も無い。一体どこから這入ったのだろう?」
 どうにも彼には解らなかった。四方同じ肉色の壁で、それが変にブヨブヨしている。そうして無数に皺がある。その皺が絶えず動いている。延びたかと思うと縮むのである。壁ばかりでは無い。天井も然うだ。天井ばかりでは無い床も然うだ。現在坐っている部屋の板敷が、延
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