して水面を辷るように歩き、船の上へよじ[#「よじ」に傍点]上った。
と、船が動き出した。天竜川を上るのである。人魂のような光物が、ユラユラと宙でゆらめい[#「ゆらめい」に傍点]た。上流へ上流へと上って行く。
立ち上った正雪は腕を組んだ。
「深い意味があるに相違無い。彼奴等の歌ったあの歌にはな。……今夜の忍び込みはもう[#「もう」に傍点]止めだ。……ひとつ手段を変えることにしよう」
彼は竹藪からするすると出た。そうして何処ともなく立ち去った。
その翌朝のことである。
鵞湖仙人の屋敷を目掛け、一人の武士が歩いて来た。
余人ならぬ由井正雪。
玄関へ立つと案内を乞うた。
「頼もう」と武張った声である。
と、しとや[#「しとや」に傍点]かな畳障り、玄関の障子がスィーと開いた。婦人がつつましく[#「つつましく」に傍点]坐っている。
それを見た正雪は「あっ」と云った。
これは驚くのが、尤である。幽霊武者に担がれて行った、昨夜の娘が坐っているのだ。
「どちらからお越しでございます?」
その婦人は朗かに云った。幽霊では無い、死骸では無い。将しく息のある人間だ。妙齢十八、九の美女で
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