、中年の英国の将校が、僕を背後から追い越した。
「あ」と僕は思わず声を立てた。
 と云うのは支那美人が宋思芳と、非常に顔が似ていたからであった。
 すると支那美人も僕の顔を見たが、思い做《な》しか表情を変え、驚きと懐しさを現わしたようであった。
 しかしその儘歩み去ってしまった。
 友よ、こんな際、その支那美人の後を、僕がどこまでもつけて[#「つけて」に傍点]行ったところで、不都合だとは云わないだろうね。
 僕はその後をつけて[#「つけて」に傍点]行ったのだよ。
 と、その一行は町の入口の、かなり立派な屋敷へ入った。
 屋敷の門際に英国の兵士が、銃を担いで立っていたので、僕はその一人に訊いてみた。
「今行った将校は誰人《どなた》ですか?」と。
「参謀長グレー閣下」
「ご一緒のご婦人は奥様ですか?」
「奥様ではない、愛人だよ」
 英国兵などは気散じなもので、微笑しながらそう教えてくれた。
 僕はその夜町の中央の、××亭という旅館へ泊まったが、どうにも眠ることが出来なかった。
 そこで町を彷徨《さまよ》った。
 もう明け方に近い頃で、月が町の家並の彼方、平野の涯へ落ちかかっていた。
 と、
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