になった。
ある県令に招かれて、釆石江で舟遊びをした。
すばらしく派手やかな宮錦袍を着、明月に向かって酒気を吐いた。
波がピチャピチャと船縁を叩いた。
十一月の月が水に映った。
「ひとつ、あの月を捕えてやろう」
人の止めるのを振り払い、李白は水の中へ下りて行った。
水は随分冷たかった。
彼の考えはにわかに変わった。
どう変わったかは解らない。
李白は水中をズンズン歩いた。
やがて姿が見えなくなった。
それっきり人の世へ現われなかった。
「李白らしい死に方だ」
人々は愉快そうに手を拍った。
東巖子《とうがんし》は岷山《みんざん》にいた。
相変わらず小鳥の糞にまみれ[#「まみれ」に傍点]、相変らずぼんやり[#「ぼんやり」に傍点]と暮らしていた。
ある日薄穢い老人が、東巖子を訪れて来た。
「先生しばらくでございます」
「誰だったかね、見忘れてしまった」
老人は黙って優しく笑った。
なるほどまさしく薄穢くはあったが、底に玲瓏たる品位があった。人間界のものであり、同時に神仙のものである、完成されたる品位であった。
で、東巖子は思わず云った。
「おお貴郎《あな
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