柿《さいし》の図柄である。雄渾の筆法閑素の構図。意外に上出来なところから融川は得意で北斎にいった。
「中島、お前どう思うな?」
「はい」と云ったが北斎はちと腑に落ちぬ顔色であった。「竿が長過ぎはしますまいか」
「何?」と融川は驚いて訊く。
「童子は爪立っておりませぬ。爪立ち採るよう致しました方が活動致そうかと存ぜられます」憚《はばか》らず所信を述べたものである。
 矜持《きんじ》そのもののような融川が弟子に鼻柱を挫かれて嚇怒《かくど》しない筈がない。
 彼は焦《いら》ってこう怒鳴った。
「爪立ちするは大人の智恵じゃわい! 何んの童子が爪立とうぞ! 痴者《たわけもの》めが! 愚か者めが!」

        三

 しかし北斎にはその言葉が頷き難く思われた。「爪立ち採るというようなことは童子といえども知っている筈だ」――こう思われてならなかった。でいつまでも黙っていた。この執念《しゅうね》い沈黙が融川の心を破裂させ、破門の宣告を下させたのである。
「それもこれも昔のことだ」こう呟いて北斎は尚もじっと[#「じっと」に傍点]佇んでいたが、寒さは寒し人は怪しむ、意を決して歩き出した。
 ものの
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