ッタリと雪へ膝を突き、グイと開けた駕籠の扉。プンと鼻を刺すは血の匂いだ。
「お師匠様。……」
 と忍び音に、ズッと駕籠内へ顔を入れる。
 融川は俯向き首垂《うなだ》れていた。膝からかけて駕籠一面飛び散った血で紅斑々《こうはんはん》、呼息《いき》を刻む肩の揺れ、腹はたった[#「たった」に傍点]今切ったと見える。
「無念」
 と融川は首を上げた。下唇に鮮やかに五枚の歯形が着いている。喰いしばった歯の跡である。……額にかかる鬢の乱れ。顔は藍《あい》より蒼白である。
「そ、そち誰だ? そち誰だ?」
「は、中島めにござります。は、鉄蔵めにござります……」
「無念であったぞ! ……おのれ豊後!」
「お気を確かに! お気を確かに!」
「……一身の面目、家門の誉れ、腹切って取り止めたわ! ……いずれの世、いかなる代にも、認められぬは名匠の苦心じゃ!」
「ごもっともにござります。ごもっともにござります!」
「ここはどこじゃ? ここはどこじゃ?」
「お屋敷近くの往来中……薬召しましょう。お手当てなさりませ」
「無念!」
 と融川はまた呻いた。
「駕籠やれ!」
 と云いながらガックリとなる。
 はっ[#「は
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