あった。お附の女中が二人もあり、遊芸から行儀作法、みんな別々の師匠が来て、恐れ謹んで教授した。衣類といえば縮緬《ちりめん》お召。髪飾りといえば黄金珊瑚、家内こぞって三ッ指で、お嬢様お嬢様とたてまつる[#「たてまつる」に傍点]、ポーッと上気するばかりであった。
「妾《あたし》なんだか気味が悪い」
これが彼女の本心であった。二月三月経つ中に、彼女は見違える程気高くなった。
地上のあらゆる生物の中、人間ほど境遇に順応し、生活を変え得るものはない。で、お杉もこの頃では、全く旗本のお嬢様として、暮らして行くことが出来るようになった。
そうして初恋にさえ捉えられた。
主計の奥方の弟にあたる、旗本の次男|力石三之丞《りきいしさんのじょう》、これが初恋の相手であった。三之丞は青年二十二歳、北辰一刀流の開祖たる、千葉周作の弟子であった。毎日のように三之丞は、主計方へ遊びに来た。その中に醸されたのであった。
今こそ旗本のお嬢様ではあるが、元は盛り場の茶屋女、男の肌こそ知らなかったが、お杉は決して初心《うぶ》ではなかった。男の心を引き付けるコツは、遺憾ない迄に心得ていた。
美貌は江戸で第一番、気
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