品は旗本のお嬢様、それで心は茶屋女、これがお杉の本態であった。そういう女が初恋を得て、男へ通って行くのであった。どんな男の鉄石心でも、とろけ[#「とろけ」に傍点]ざるを得ないだろう。一方三之丞は情熱家、家庭の風儀が厳しかったので、悪所へ通ったことがない。どっちかと云えば剣道自慢、無骨者の方へ近かった。とは云え旗本の若殿だけに、風貌態度は打ち上り、殊には生来の美男であった。女の心を引き付けるに足りた。
この恋成就しないはずがない。
しかし初恋というものは、漸進的のものである。心の中では燃えていても、形へ現わすには時間《とき》が必要《い》る。そうして多くはその間に、邪魔が入るものである。そうして消えてしまうものである。しかし往々邪魔が入り、しかも恋心が消えない時には、一生を棒に振るような、悲劇の主人公となるものである。
ある日主計と奥方とは、ひそひそ部屋で囁いていた。
5
「貴郎《あなた》、ご注意遊ばさねば……」
こう云ったのは奥方であった。
「うむ、お杉と三之丞か」
主計はむずかしい顔をしたが、
「何とかせずばなるまいな」
「どうぞ貴郎から三之丞へ。……妾《わたし》からお杉
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