」「縁が深い? それはなぜかな?」「宿までご案内致しましたのはこの甚三でございます」「そうであったな。覚えておる」「お送りするのも甚三で」「そういえば縁が深いようだ」「ご縁が深うございます」「ところで甚三われわれの縁は、もっと深くなりそうだな」
「え?」といって振り返った時には、甚内は口を噤《つぐ》んでいた。押して甚三も尋ねようとはしない。カパカパという蹄の音、フーフーという馬の鼻息、二人は無言で進んで行った。
「甚三、追分を唄ってくれ」しばらく経って甚内がいった。
「夜が深うございます」
「構うものか、唄ってくれ」「私の声は甲高で、宿まで響いて参ります」「構うものか、唄ってくれ」「よろしゅうございます、唄いましょう」
やがて甚三は唄い出した。夜のかんばしい空気を通し、美音朗々たる追分節が、宿の方まで流れて行った。
「甚三の追分が聞こえて来る。はてな、いつもとは唄い振りが異《ちが》う。……うまいものだ、何んともいえぬ。……今夜の節は分けてもよい」
こういったのは銀之丞であった。
本陣油屋の下座敷であった。彼は相変らず寝そべっていた。鼓が床の間に置いてあった。
「おい平手、行って
前へ
次へ
全324ページ中60ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング