はほんのねんねえ[#「ねんねえ」に傍点]であった。一見銀之丞が好きになり、兄に仕える妹のように、絶えず銀之丞へつきまとった。
 そういう家庭に包まれながら、本職の謡を悠々と、研究するということは、彼にとっては理想的であった。それに彼にはこの土地が、ひどく心に叶《かな》っていた。漁師町であり農村であり、且つ港である銚子なる土地は、粗野ではあったが詩的であった。単純の間に複雑があり、「光」と「影」の交錯が、きわめて微妙に行われていた。もちろん、信州追分のような、高原的風光には乏しかったが、名に負う関東大平原の、一角を占めていることであるから、森や林や丘や耕地や、沼や川の風致には、いい尽くせない美があって、それが彼には好もしかった。
 それに何より嬉しかったのは、太平洋の荒浪が、岸の巌《いわお》にぶつかって、不断に鼓の音を立てる、その豪快な光景で、それを見るとしみじみと「男性美」の極致を感じるのであった。
 そこで彼は毎夜のように、獅子ヶ岩と呼ばれる岩の上へ行って、声の練磨をするのであった。
 彼は本来からいう時は、観世の家からは勘当され、また観世流の流派からは、破門をされた身分であった。で
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