士、やっぱり桃井の塾弟子であった。しかるにもう一人隅田堤で、町家の主人が殺されていた。
 それからひきつづいて十日というもの、毎晩三人ずつ殺された。二人はいつも武士であったが、一人はおおかた町人で、そうしてきっと金を取られていた。
 鼓賊の禍いにかててくわえて、辻斬り沙汰というのであるから、江戸の人心は恟々《きょうきょう》として、夜間の通行さえ途絶えがちになった。

 こういう物騒なある晩のこと、面白い事件が勃発した。いやそれはむしろ面白いというより、奇怪な事件といった方がよい。町人一人に武士五人、登場人物は六人であった。素晴らしい事件ではあったけれど、また非常に複雑を極めた、微妙な事件ではあったけれど、秘密の間に行われたためか、市民達はほとんど知らなかった。捕物帳にも載せてなければ、奉行所の記録にも記されてない。これは疎漏《そろう》といわなければならない。
 で、その晩のことであるが、みすぼらしい一人の侍《さむらい》が、下谷池ノ端をあるいていた。登場人物の一人であった。すると向こうから老武士が来た。登場人物の二人目であった。
 二人は事もなく擦れ違おうとした。「あいやしばらくお待ちく
前へ 次へ
全324ページ中110ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング