角へ?」
「はい……一向……その辺りの所は……」
「ご存じないと云われるか?」
「存じませんでございます」
 ここに至って右近丸は落胆したというように、牀几にべッタリ腰かけてしまった。苦心が水泡に帰したのである。又九|仭《じん》の功名を、一|簣《き》に虧《か》いてしまったのである。落胆するのは当然である。
 しばらく二人とも物を云わない。互いに顔さえ見合わさない。溜息を吐くばかりである。
 すっかり夕《ゆうべ》の陽も消えた。窓外がだんだん暗くなる。花木の陰が紫から、次第に墨色に移って行く。
 と、俄《にわか》に右近丸は勢い込んで飛び上ったが、「うっちゃって置くことは出来ません、たとえ京の町は広くとも、探して探されないものでもなし、立ち去って間もないというからには、あるいはこの辺りに古道具買徘徊して居るかも知れません。すぐに参って目付け出し、奈良朝時代の貴女人形買い戻すことにいたしましょう」
「それでは」と民弥も意気込んだ。「妾《わたし》もお供いたします!」
「おお、そなたも参《まい》られるか」
「参りますとも参りますとも! 妾ご一緒に参らなければ、人形を買った古道具買の、人形風俗わかり
前へ 次へ
全125ページ中55ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング