胸へ抱きかかえた。
と、窓から人形を、猪右衛門へ渡したものである。
両手で受け取った猪右衛門は謂うところの北叟笑《ほくそえみ》、そいつを頬へ浮かべたが、「これで取引は済みました。ではお嬢様え、ご免なすって」
「可愛い人形でございます、大切に扱って下さいまし」
永年の間傍へ置き、慣れ馴染んで来た人形である。それが売られて行くのである。それが人手へ渡るのである。二度と持つことは出来ないだろう。二度と逢うことは出来ないだろう。――こう思うと民弥には悲しいのだろう、こう寂しそうに声をかけた。
「かしこまりましてございますよ。大切に扱かうでございましょう。ヘッヘッヘッヘッ帰るや否や、腹を立ち割り胎内の……アッハッハッハッ嘘でございますよ。ナーニ早速よいお家へ、売り渡すことにいたします。と、綺麗なお姫様の、玩具《おもちゃ》になることでございましょう。いや人形にとりましても、こんな廃屋《あばらや》にいるよりは、どんなにか出世というもので、オット又もや口が辷った。ご免下さい。ご免下さい」
駄弁を弄して猪右衛門は花木の間を大跨に歩き、往来の方へ出て行ったが、ちょうどこの頃森右近丸は、南蛮寺を出外
前へ
次へ
全125ページ中51ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング