意味だか解《わか》らない。元々あれは妾《わたし》の物だ。逝くなった妾のお母様が、妾に買って下されたものだ。それを中頃お父様が、どうしたものかお取り上げになった。そうしてどうやら人形のどこかへ、何か細工をなされたようだ。でも真逆《まさか》に人形の中に、南蛮寺の謎を解き明かせた秘密の研究材料など、隠してあろうとは思われない。売っても大事はないだろう。第一背に腹は代えられない。よしやどんなに人形が大事なものであろうとも、食べられなければ売らなければならない。売ってしまおう売ってしまおう。そうして当座の中《うち》だけでも、生活を楽にすることにしよう。
 そこで、民弥は切り出した。
「大事な人形ではございますが、小判一枚に青差一本、それでお買い取り下さるなら、お売りすることに致しましょう」
 すると猪右衛門は頷いたが、やがてこんなことを云い出した。
「実はな」と薄っぺらな能弁である。「こういう訳でございますよ。ナーニ商売の道から云えば、奈良朝時代の貴女人形、大した値打もありませんので。精々がところ青差二本……ぐらいな物だと思いますので。ところが小判を一枚はずみ、そこへ青差を一本付け、相場違いの大
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