部屋の片隅に檻がある。幾匹かの猿が眠っている。彼等の商売の道具である。壁に人形が掛けてある。やっぱり商売の道具である。いろいろの能面、いろいろの武器、いろいろの衣裳、いろいろの鳴物、部屋のあちこち[#「あちこち」に傍点]に取り散らしてある。いずれも商売道具である。紙燭《ししょく》が明るく燈《とも》っている。その光に照らされて、そういう色々の商売道具が、あるいは光りあるいは煙り、あるいは暈《ぼ》かされている様が、凄味にも見えれば剽軽《ひょうきん》にも見える。
コン、コン、コンと山羊の咳がした。庭に檻でも出来ていて、そこに山羊が飼ってあって、それが咳をしているのだろう。
だが何より面白いのは、隣部屋から聞こえてくる、いろいろの香具師の口上の、その稽古の声であった。
「耳の垢《あか》取りましょう、耳の垢!」
「独楽は元来|天竺《てんじく》の産、日本へ渡って幾千年、神代時代よりございます。さあさあご覧、独楽廻し!」
「これは万歳と申しまして、鶴は千年の寿《よわい》を延べ、亀は万年《まんねん》を経《ふ》るとかや、それに則った万歳楽《まんざいらく》、ご覧なされい、ご覧なされい」
「仰々《そ
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