女には自信があるらしい。
「百人二百人|乾児《こぶん》もあるが、度胸からいっても技倆《うで》からいっても、猿若以上の奴はないよ。年といったらやっとこさ[#「やっとこさ」に傍点]十五、それでいて仕事は一人前さ」
「だが相手の大将も、尋常の奴じゃアないんだからな」やっぱり猪右衛門は不安らしい。
「そりゃア云う迄もありゃアしないよ。昔は一国一城の主、しかも西洋の学問に、精通している人間だからね」
「だからよ、猿若やりそこない、とっ[#「とっ」に傍点]捕まりゃアしないかな」
「なあに妾《わたし》から云わせると、相手がそういう偉者《えらもの》だから、かえって猿若成功し、帰って来るだろうと思うのさ」玄女には心配がなさそうである。
「へえおかしいね、何故だろう?」猪右衛門には解《わか》らないらしい。
「だってお前さんそうじゃアないか、相手がそういう偉者だから、なまじっか[#「なまじっか」に傍点]大人《おとな》などを差し向けると、すぐ気取られて用心され、それこそ失敗しようじゃアないか」
「うん、成程、そりゃアそうだ」今度はどうやら猪右衛門にも、胸に落ちたらしい様子であった。
二人しばらく無言である。
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