ある。月光の中に立っている。輪廓だけが朦朧と見える。痩せてはいるが身長《たけ》高く、黒の法衣を纏っている。日本の僧侶の法衣ではない。吉利支丹《きりしたん》僧侶の法衣である。胸に何物か輝いている。銀の十字架が月光を吸い、キラキラ輝いているらしい。非常な老人と思われる。肩に白髪が渦巻いている。胸に白髯《はくぜん》が戦《そよ》いでいる。
「ああ貴郎《あなた》様はオルガンチノ僧正!」
その神々しさに打たれたのだろう、民弥は思わず合掌したが、ちょうどこの頃京は八条四ツ塚の辺りの一軒の家で、風変わりの二人の男女によって、こんな会話が交わされていた。
8
「随分遅いな、猿若は」
こう云ったのは男である。四十格好、大兵肥満、顔はというにかなり凄い。高い段鼻、二重顎、巨大な出眼、酷薄らしい口、荒い頬髯《ほほひげ》を逆立てている。その上額に向こう傷がある。これが人相を険悪に見せる。広袖《ひろそで》を着、胸を寛《くつろ》げ、頬肘を突いて寝ころんでいる。一見|香具師《やし》の親方である。
「そりゃアお前さん遅いはずさ、あれだけの仕事をするんだからね」
こう云ったのは女である。二十八九か三十か、ざっと
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