《わか》らない」
ハッキリ解っていることは、可愛がってくれたお父様が、死んでしまったということであった。一人の父! 一人の娘! 母もなければ兄弟もない。親戚《みより》もなければ知己《しりびと》もない。で、お父様の死んだ今は、民弥は文字通り一人ぼっち[#「ぼっち」に傍点]であった。その上|生活《くらし》は貧しかった。明日の食物さえないのである。
どうするだろう? 可哀そうな民弥?
「お父様!」と叫ぶと新しく涙、澪すと同時に泣き倒れた。
どんなに民弥が気丈でも、その程度には限りがある。泣き倒れたのは当然と云えよう。父の冷たい額の上へ、熱で燃えるような額を宛て、民弥はいつ迄もいつ迄も泣く。
どんどん春の夜は更けていく。咽び泣く民弥の声ばかりが、その春の夜へ糸を引く。泣き死んでしまうのではないだろうか? いつ迄もいつ迄もいつ迄も泣く。
だがこのとき、庭の方から、厳かに呼びかける声がして、それが悲しめる民弥の心を、一瞬の間に慰めた。
「悲しめる者よ、救われなければならない。……民弥よ民弥よ嘆くには及ばぬ。……父の死骸は南蛮寺へ葬れ!」
それはこういう声であった。
窓の向こうに人影が
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