が鳴っている。
讃美歌の声も聞こえている。
庭の桜が夕風に連れ、ホロホロホロホロと散ってくる。
ヌッと立った弁才坊は、「民弥!」とじっと[#「じっと」に傍点]娘を見た。「秘密の一端明かせてやろう、部屋へおいで、来るがよい」
縁《えん》を上って行く後から、従《つ》いて行ったのは娘の民弥で、二人家の内へ隠《かく》れた時、老桜の陰からスルスルと忍び出た一人の人物があった。
5
人物と云っても少年である。年の頃は、十四五歳、刳袴《くくりばかま》に袖無を着、手に永々と糸を付けた幾個《いくつ》かの風船を持っている。狡猾らしい顔付である。だが動作は敏捷である。辻に立って風船を売り、生活《くらし》を立てている少年|商人《あきゅうど》、だがそれにしても何のために、こっそり弁才坊の屋敷などへ、人目を憚り忍び込んだのだろう?
「うむ、あそこに窓がある、あそこから様子を見てやろう」
呟《つぶや》くと木立を縫いながら、屋敷の横手に付いている小窓の下へ走り寄った。人差指へ唾を付け、窓の障子へ押え付けたのは、小穴を開ける為なのだろう。窓が高いので覗きにくい。
「困ったなア困ったなア」
こんなことを
前へ
次へ
全125ページ中16ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング