せます」
「どうやらそういう栄華の日が、すぐ間近く迫ったようで」
「結構なことでございます」
「これまでは苦労を致しました」
「ほんとにお気の毒でございました」
「いえいえ私《わたし》より民弥さんの方が、一層お気の毒でございました」
「何の何のどう致しまして、弁才坊様あなたの方が、一層ご苦労なさいました」
「苦は楽の種、苦は楽の種、アッハハハ楽になったら、この三年間の苦しみが、笑い話になりましょう」
「そうしたいものでございます」
「きっとなります。きっとなります」
「お父様!」とここで娘の民弥は俄《にわか》に調子を改めたが、四辺《あたり》を憚った鋭い声で「遂げられたのでございましょうか? 年月重ねられたご研究が?」
「うむ」とこれも弁才坊、がぜん態度を一変したが「民弥、遂げたぞ、ようやくのことで!」
「で、その旨信長公へ?」
「うむ、昨日《きのう》云ってやった!」
「では追っつけお使者が参り?」
「そうだ、この私《わし》の研究材料をお買い上げ下さるに相違ない」
「ああそうなったら私達は……」
「昔の身分に返《かえ》れるのだ」
ここで親子は沈黙し、その眼と眼とを見合せた。
まだ梵鐘
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