呼びかけるのに、民弥さんとさん[#「さん」に傍点]の字を付けている。ひどく言葉が砕けている。
「はいはい本当によいお天気で、春らしい陽気になりました。こんな日にお出かけになりましたら、お貰いもたくさんありましょうに、弁才坊さん弁才坊さん、町へお出かけなさりませ」
民弥は民弥でこんなことを云っている。自分の父親を呼びかけるのに、弁才坊さんと云っている。
だがこいつ[#「こいつ」に傍点]は常時《いつも》なのである。真実の親子でありながら、お友達のような調子なのである。とても二人ながら剽軽《ひょうきん》なのである。
「お貰いに行くのも結構ですが、今日は二人で遊びましょう。色々の花が咲きました、桜に山吹に小手毬《こてまり》草に木瓜《ぼけ》に杏《すもも》に木蘭《もくらん》に、海棠《かいどう》の花も咲きました」こう云ったのは弁才坊。
「ほんとにほんとにこのお庭は、お花で一杯でございます。往来さえ見えない程で」こう云ったのは民弥である。
「今日はお花見を致しましょう。お酒を一口戴きたいもので」
「お合憎様でございます。一合の酒さえございません」民弥は笑って相手にしない。
「ははあ、左様で、ではお
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