! そうして続いて倒れる音! 民弥に切られて香具師の一人、ぶっ倒れたに相違ない。
 またもや香具師共はサーッと引き、遠巻きにして取り巻いたが、「強いぞ強いぞ、案外強い! と云ったところでたかが女、蹴倒せ蹴倒せ踏み倒せ!」
 そこでまたもや寄せて来た。
 民弥武道には勝れても、若い女のことである、敵を二人迄切っている。呼吸《いき》切れせざるを得なかった。ハッ、ハッ、ハッと大息を吐き、疲労《つかれ》て萎る両足を、グッと構えて姿勢を正し、振り冠った懐刀月光に顫わせ、ムーッと香具師共を睨み付けた。しかし以前《まえ》程の元気はない。
「一度に寄せろ、占めた占めた! 女は疲労た、からめ[#「からめ」に傍点]捕れ! この機を外すな、からめ[#「からめ」に傍点]捕れ!」
 香具師共ドッと押し寄せた。
 以前程の元気はないのである。民弥は疲労ているのである。そこを狙って多勢の香具師共、一度に寄せて来たのである。危険だ危険だ捕らえられるかも知れない。
 だがこの時声がした。
「強いぞ強いぞ侍めは! あぶないあぶない一時逃げろ!」
 他ならぬ猪右衛門の声である。
 つづいて右近丸の声がした。「お助けいたす、民弥殿!」
 バタバタバタバタと足の音! 右近丸のために切り立てられ、逃げて来た猪右衛門の足音である。それに続いてまた足音! 猪右衛門の後を追っかけて、走って来た右近丸の足音である。
 と、「ワッ」という数声の悲鳴! 民弥をグルグルと取り巻いていた香具師の群から起こったが、これは馳せ付けた右近丸が、太刀を揮って背後《うしろ》から、二三人を切って倒したのである。
 当然香具師の円陣が崩れ、バラバラと四方へ別れたが、四ツ塚の方へ走り出した。
 つと[#「つと」に傍点]現われたは右近丸、「おお民弥殿!」
「右近丸様!」
「どこもお怪我は?」
「ございませんでした」
 力が抜けたのか娘の民弥が、グッタリと右近丸へもたれる[#「もたれる」に傍点]のを、胸で支えて左手で抱き、右手に握った血刀を、グーッと高くかざしたが、右近丸大音に呼ばわった。
「人形を返せ! 人形を返せ!」
 しかし玄女も猪右衛門も、手下と雑って逃げるばかりで、返辞をしようともしなかった。
「残念々々、人形をみすみす取られる、みすみす取られる!」
「右近丸様!」と血走った声! 民弥は元気を取り返したらしい。
「追っかけましょうどこ
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