南蛮秘話森右近丸
国枝史郎

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)了《しま》った

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)将軍|義輝《よしてる》

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   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]《こめかみ》
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「将軍|義輝《よしてる》が弑《しい》された。三好|長慶《ちょうけい》が殺された、松永|弾正《だんじょう》も殺された。今は下克上の世の中だ。信長が義昭を将軍に立てた。しかし間もなく追って了《しま》った。その信長も弑されるだろう。恐ろしい下克上の世の中だ……明智光秀には反骨がある。羽柴秀吉は猿智慧に過ぎない。柴田|勝家《かついえ》は思量に乏しい。世は容易に治まるまい……武田家は間もなく亡びるだろう。波多野秀治は滅亡した。尼子勝久は自刃した。上杉|景勝《かげかつ》は兄を追った。荒木|村重《むらしげ》は謀反した。法燈暗く石山城、本願寺も勢力を失うだろう。一向一揆も潰されるだろう、天台の座主《ざす》比叡山も、粉砕されるに相違ない。世は乱れる。世は乱れる! だが先《ま》ずそれも仕方がない、日本国内での争いだ。やがて、誰かが治めるだろう、恐ろしいのは外国《とつくに》だ! 恐ろしいのは異教徒だ! 憎むべきは吉利支丹《きりしたん》だ! ザビエル、ガゴー、フロエー、オルガンチノこれら切支丹の伴天連《ばてれん》共、教法に藉口《しゃこう》し耳目を眩し、人心を誘い邪法を用い、日本の国を覬覦《きゆ》している。唐寺が建った、南蛮寺が建った、それを許したのは信長だ! なぜ許したのだ! なぜ許したのだ! 危険だ、危険だ、非常に危険だ! 国威が落ちる、取り潰すがよい! 日本には日本の宗教がある、かんながらの道、神道だ! それを讃えろ、それを拝め!」
 ここは京都二条通、辻に佇んだ一人の女、凜々《りり》として説いている。年の頃は二十歳《はたち》ぐらい、その姿は巫女、胸に円鏡をかけている。頭髪《かみ》を束《つか》ねて背中に垂らし、手に白綿《しらゆう》を持っている。その容貌の美しさ、洵《まこと》に類稀である。眉長く顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]《こめかみ》まで続き、澄み切った眼は凄いまでに輝き、しかも犯しがた
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